MOON RIVER
ゆりかごみたいな夢の中で貴女と手を繋いでいたら
とてもしあわせだった。
ただ 指と指を絡ませているだけだというのに
いいようもなく
しあわせで、唇をきつく結んでいないと
勝手に泣いてしまいそうなほど。
わたしたちふたりは
そのまま泡立つような微熱の中
ぬるい水に浸って、ぷかりとうかんで
満月を舐めていた
浮いては沈んでを繰り返し
月光の彼方、遠いどこかでは
MoonRiver を誰かが演奏している
寂しそうで 愛しく誰かを思うように。
指先で作った水面の連鎖が彼女の頬をかすめる
貴女は顔も髪も指先も何もかも濡らして
満月の背景の中
「睦月」と
私の名を呼ぶ
蜂蜜につけたように浮かぶ月は
優しさを含んで 悲しげで、
どこか貴女に似ているような気がする。
目を開けると
お風呂上がりの彼女が
髪を乱暴に乾かしながら
私の頭上をまたいだ
「今日は外にでもでましょ」
手早く髪を乾かし
まつげにたっぷり手を施し
口紅を引くと
黒いワンピースに袖を通し
私の手を引いて
彼女のお気に入りの店に行く
店内では
MoonRiverが雑踏の中流れている
彼女はいつもの蜂蜜がたっぷり入った
ラテと桜味だというピンク色をした
ケーキを頼んだ
おいしいわよと貴女が言うから
私もフォークで突き刺した桜の花びらをぱくりと食べて、
それから、無残に噛み砕くこともできず甘噛み程度にその花を愛した。
MoonRiverが彼女の携帯を鳴らした
あと数秒後
彼女は踵を返し
少し微笑んだ後
店を出るだろう。
私とラテと桜をのこして。
もうすぐ
うだるような夏がくる。
ゆりかごみたいな夢の中で貴女と手を繋いでいたら
とてもしあわせだった。
ただ 指と指を絡ませているだけだというのに
いいようもなく
しあわせで、唇をきつく結んでいないと
勝手に泣いてしまいそうなほど。