ぼくとなつめと彼女
「なつめを愛するなんて水をだくようなもんだろ。」
電話口の向こうで中山に言われて、
僕は足元からずるずる冷たい何かの中へ落ちていくのを感じてしまった。
そうなのだ、
中山に決定的な台詞を言われるずっと前から僕はもう分かっていたのだ。
彼女の目先にあるものは決まって、彼女と同じ形をした女性に向けられたものだと思わずにはいられないフシが幾度となくあったのだ。だからといって、それが彼女と別れる理由にはどうしてもならなかった。
なつめの潤む目線の向こうにはいつも決まって一人の女がいた、
手の行き届いた黒い髪は肩で綺麗に切りそろえられ、
キメの細かい肌と、
意地の悪そうな目尻の上がった、
独特の雰囲気をもった彼女がいた。
ソレは人を見限った廃墟のようなどこか排他的な雰囲気だった。
なつめは彼女に会うと、
いつもの口の巧みさも節操のない愛情の安売りもすっかり影を潜めて、
まさに手も足も出ない初恋に頬を紅く染めるだけの少女になってしまう。
「私は彼女に愛してるだなんてそんな言葉、死んでも言わない、だって私の愛は彼女を困らせるだけだもの、だったら、私はこの愛を墓場まで持っていくわ。それに、彼女が生きていてくれさえすればそれだけで私も生きてゆけるもの。」と
今までにして13年間ものあいだ、
なつめは酒を浴びるように飲んでは酔うたびそう漏らしていた。
高校を卒業して、同じ高校だった
ぼ くとなつめと彼女の3人は今も時々会う。
もちろん彼女たちはもっと頻繁に会っているのかもしれないのだが。
僕が彼女達2人に会う時、その度永遠の愛っての は彼女たちのような関係に生まれるのではないのかと思わずにはいられなくなるのだ。
ぼくが今まで経験してきた恋愛の中には決して無い同じ身体を持った同士 の、
切なさや、苦しみ、喜び、そんなぐるぐるとした愛情が彼女達を取り巻いている。
な つめと僕は高校卒業と同時に付き合いだした。
きっとなつめは僕を通して触れられない彼女の幻覚を見ているのだと思う。
なつめはなつめいわく、同性愛者では なく、博愛主義というものらしく、
愛する人間が男でも女でもどちらでもかまわないようだった。
だから僕たちは普通の恋人同士のように同じものを見て、
同じ ものを食べて、抱き合う事もした。
僕はなつめと抱き合うたびに
「たった一人の女を愛し抜くために、百人の女を抱く事も、百人の男に抱かれる事もある。」
という小説の一節が頭をかすめる。
中山が言う水を抱くものというのはきっと、
一般のカップルが愛する人の寝息を愛しく思う瞬間にこんなことを考えてしまう。
こういうことなのだろう。
それでも
僕はそんな事もなつめと別れる原因にどうしてもなりえないし、
この先も彼女達を取り巻く永遠の愛の唯一の傍観者であり続ける事を願ってしまう。